No standing still

電子機器の技術屋で大企業も中小企業も経験してきたinsmodが今までを振り返りながら日々のこと趣味のこと仕事のことをボチボチ書くブログ

外国人のおもてなし

こんにちは。

流行語大賞に「インバウンド」は入らなかったわけですが、「爆買い」は入るという、なんとも夢も将来性もないことになっていますね。

旅館業の方に提案したいのですが、お部屋に案内されると、

茶筒、急須、湯飲み、ポット、饅頭、この時期だとミカン

なんかが置いてあって、お客様をもてなすわけですが、これに外国語のマニュアルが付いていることはまずないと聞きます。
欧米人やアジアの近隣の地域の方などであれば、緑茶は紅茶や烏龍茶と同じ。お饅頭はケーキみたいなもの と想像がつくかもしれませんが、全く文化の違う国の方もいるはずです。
また、日本に近いお茶やお菓子の文化を持っていても、おいしいお茶の淹れ方は緑茶ならではの方法があったりもします。

ミカンに至っては、皮ごと転がされているところで、どう手を付けて良いかわからない国の人もいるかもしれません。

これらについて、各国語の解説は難しいにしても、たくさんの図や写真で解説してあげる、できれば客室担当が実演して見せる ということをすれば、より日本の文化を身近に感じてもらえるのではないでしょうか。

そして、そういう解説書を興味深く読んだり、実演に目を輝かせるようなお客さんであれば、日本の文化に興味を持ている証拠でもありますし、リピーターになったり、自国で日本の素晴らしさを広めてくれるかもしれません。
なので、頑張ってお茶を淹れたり、ミンカンの皮をむいて食べたお客さんには、国に着いた頃にお礼の絵葉書などを送ってもよいかもしれません。

また逆に、そういったものに見向きもしなかった外国の方は、日本の文化に感化されて来日したわけでもなく、別の目的であったり気に入ってもらえなかったりしているはずなので、その旅館としても次回歓迎すべき(受け入れるかどうか)か判断材料にもなります。

日本の文化はその手順を楽しむものも多いです。

自国の素晴らしさを教えあうことでより親密に、そして質の良いお客さんを集める工夫をしてはどうかと思います。

なにか間違ってる

会社の経営者って、特に創業者じゃない場合、会社を大きくする ということに執着するのですが、その結果とかそもそも目指すところが間違ってることが多いような気がしてなりません。

 

昔は日本の電機メーカは家電品を製造まで国内でやって、会社が大きくなったり大きな利益を出したりしました。

最初は数人から始まった会社が、数百人、数千人、数万人。そうやって大きくなったのが日本の大企業で、その多くが家電品や自動車など所謂コンシューマ向け製品を作ってきました。

そして、そういうものがある程度行き渡った時に、見かけ上売り上げを落とすこととなり不採算部門になっていきます。

そりゃそうです。いまや数万人の給料を払わなければいけないんですから、それに見合った規模の商売が必要です。

 

でも、家電品を使う人は少なくなったのでしょうか。買い替えの需要はないのでしょうか。

どんな製品でも、まぁ10年使ったとして毎年ユーザ数の1/10は買い換えています。

でも、その程度の需要では数万人規模の会社を支えきれないのはわかります。

 

その論理が、数百人規模の中小企業にも当てはまるのでしょうか。

いえいえ。ユーザ数の1/10の規模の市場を数百人規模の会社が刈り取れれば、それは十分な市場です。

 

でも、馬鹿な数百人規模の経営者はおかしな夢を見ます。

年産数十万台の日本のトップの自動車会社の車種に自社の製品が採用されたとか。

で、それが一個100円とか。

一流企業の仲間入りなのだそうです。

 

そういう商売も否定はしませんが、ちゃんと気付いている人もいます。

魔法瓶や炊飯器に特化したメーカ。新興の掃除機や扇風機のメーカ。

自分たちの身の丈で他にない優れた商品が、少数でも利益になる。

それが中小企業のメリットなのではないでしょうか。

 

中小の雇われ社長が大企業の夢を見る。これは虚しさしかありません。

中小の起業社長が市場開拓の夢を見る。これなら、若い人たちにも胸を張って一流ということができるのではないでしょうか。

漁師募集

神奈川県では漁師の高齢化が進んでいて、このままでは就労者が足りなくなるということで、漁師になりたい人と漁師のお見合いとやらが神奈川県漁連で行われたそうです。

ほほえましいですね。

昭和40年台生まれの私ですが、私が就職する当時、漁師にはなれませんでした。

漁師は漁師の子とか、関係者のコネが必要でした。
そして、漁師はつらい仕事ではありますが、儲かる仕事でした。

乱獲は限られた資源を台無しにします。だから規制は必要です。

という理由よりも、既得権益だった。
儲かる仕事は限られた人だけで動かす。乱獲防止の名のもとに。

そして、漁師が足りなくなりました。

消費者からすると困るのですが、これって何かおかしくないでしょうか。

経営の間違いと過労死が減らないわけ

文系の経営者がメーカの社長になると、たいてい会社は一時的に数字がよくなっても経営としては長続きしないわけで、算数ができないバカに会社を任せると大変なことになると、いくつも事例を見てきました。

競争と順位の関係。
私は野球が好きなものですから、野球は人生そのもんだなと思うことが多いわけですが、野球選手で勝率5割といったら、大変な勝者です。
一方、相撲で勝ちあがろうと思ったら、全勝が目標で、横綱だったら全勝。勝率10割期待されるのが当たり前です。
オリンピックで日本人はメダルキチガイと言って干された選手がいましたが、文系崇拝の日本の教育においては、競技の順位の意味も理解していないバカが多すぎることでメダル崇拝も起きるでしょう。選手にとっては気の毒な話です。

ここを間違えるバカ経営者(特に創業系ではない場合)が多くて、偏差値と勝率と順位の区別がつかないやつが多すぎる。

相撲は、ようやく土俵マナーを身に着けた若造から、天才と騒がれた挙句経験をも積み重ねた名力士が、一同に対戦する。
それは勝ち抜いた者だけが勝者となれる、限りなく勝率10割りの世界があるわけです。
これは、そういったいろいろな層がまじりあっているという構成と、試合そのものがほぼ階級制であるという仕組みも関係します。

プロ野球は、選手層はだいたい均衡していて、しかも総当たりであるという仕組み。
各リーグ6チームとして、平均勝率でいえば6回に1回勝てれば偏差値50になります。

つまり、ここで勝率5割りといえば、超勝ちまくりです。

実は商売も同じで、自分がどこで戦っているのか。どこで価値を目指すのか。
そこがわかっていないと、目指す方向を間違います。
実際、分析を間違えて、勝ちにも負けにも気づかない経営者がたくさんいます。
自分が勝てる分野で、優勝、あるいは上位を目指さなければ意味がありません。

会社の規模、動くお金、市場規模、知名度 など、文系の経営者はその数字の意味の探求は熱心ですが、結局それが、どう勝ちに結びつくのかは全く理解できていません。
いくら勝ち星が多くても、勝ちの意味を知らないと将来の勝戦や選手の価値に気付けないわけです。

将来を担う人達は、こういう間違った評価に愚弄されず、他人にすがることなく、
驕らずに着々と将来の展望を固めていくことをお勧めします。

日本の誤解

誤 -> 正

日本人は人件費が高い -> 中抜が多いだけで実質安いほう

日本人は生真面目 -> 考えることを放棄して言われたことに服従しているだけ

日本は安全 -> 銃社会や物乞い窃盗が多い国に比べれば安全。犯罪者の層はある

日本の街はきれい -> 日本人の民間人が住んでいる所は綺麗。でも公園に人が住んでいる

日本人は約束を守る -> ご主人の言うことが絶対なだけ。見下した人や家族との約束は守られない

日本は戦後も震災後も復旧してきた -> 何もないところから作ることのほうが、くだらない既得権益を破ることよりも余程容易

日本の企業はすばらしい -> 職人技や下請け企業が支えているだけ

昼間のパパ

既得権益が蔓延した現代のパパの歌。

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家の中ではトドみたいでさ。
ゴロゴロしててあくびして。
時々ゲェっとやらかして。
顔色見ながらビール飲む。

だけどよ。

昼間のパパは もっとヒデェ。
昼間のパパは 焦ってる。
昼間のパパは 冷や汗かいてる。
昼間のパパは 奴隷だぜ。

休みの日には10時半に起きる。
シャワーを浴びてテレビ見て。
時々外で煙草ふかして。
お腹のでっぱり気にしてる。

んでもさ

働くパパは もっとダセェ。
働くパパは 怯えてる。
働くパパは 媚びてる奴隷。
働くパパは 生き地獄。

へぇー。そうだぜ。

昼間のパパに なっちゃいけねぇ。
昼間のパパは 腐ってる。
昼間のパパは 生きてる意味がねぇ。
昼間のパパは 奴隷だぜ。

昼間のパパは 家でも邪魔者。
昼間のパパは 奴隷だぜ。

まじめ君の弊害

副題 : 春の社畜祭り!

新入社員の研修期間は2ヶ月位のところが多いので、そろそろ配属されている職場も多いのではないでしょうか。

配属された部門部門長。課長や係長の場合が多いでしょうかね。OJTと称する教育のために、張り切っておられるようです。

そして、普段無意味な仕事?を繰り返している人たちが、新入社員に対して、ここぞとばかりにくだらない「社畜論」を展開します。

「今日は飲みに連れて行ってやる。用事はないよな?というか、用事よりこっちのほうが大切なのが社会人だ。」

などと言った具合です。

「はじめに稽古をつけてやらないと」とばかりに、無意味な社畜論でたたみかけます。

一方、新入社員は社畜への免疫なんかありませんから、「そういうものなのか」と洗脳されるか、「早々に嫌気が差す」のどちらかです。

そして、後者の優秀な者から、早々に手を切ってこの場から去る方法を探り始めます。

結局、残るのは洗脳された社畜たち。この新人社畜が、いずれ新たな社畜を生むのでしょう。

問題なのは、この社畜は生産性も新しいアイディアも何も産まないことです。

見えない目標に向かって時間だけ無駄に消費していくのです。